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ことを決議し、これに基づき時のクリーブランド大統領は、両村に米貨5000ドルを贈与 |
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することにして、同明治23年両村に渡された。これを受けた両村では、教育資金として |
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長く活用することを決議し、あわせて紀徳碑を建て、その厚意を忘れないようにした。 |
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その碑文には事のあらましと 終わりに和英文でこう書いてある・・・ as who would |
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not an ample reward for a trivial service preserving
for all time, the generous gift we |
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devote it to a worthy purpose---- the education
of our promising youth. |
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---友愛とはなんと素晴しい事でしょう、わが君はそれぞれお教え下さいました。民は危険 |
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にさらされている人々を救いました、誰もそうせずにはいられないものであろう このささや |
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かな奉仕に対して十分むくいてもらいました。贈り物を価値ある目的のために捧げよう |
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前途ある若者の教育の為に---- |
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この紀徳碑は安城小学校の校庭に建っている。現在も脈々とその精神は流れ、多くのこど |
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も達が友情と交流と果てしない未来への希望としてメッセージボトルを海に託して来た。 |
その成果は計り知れないほどだ。
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資料 種子島今むかし 井元正流著 八重岳書房 より
また カシミヤ号の話は 太平洋にかける橋 として南日本新聞社 より発行されている |