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渡嘉敷島から流したメッセージボトルは風に流され、数々の潮の流れに乗 |
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って多良間島をはじめ、宮古島、久米島そして遠くは台湾まで流れ着いた。 |
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こども達の想いは海を越え、素晴らしい返信と共に友情の芽として花開い |
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ていく。海の不思議さや歴史や命の尊さなどの多くの知識も知り心を育て |
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て行くのであろう。 |
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ここに掲載する数々の事柄はその一部である。 |
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『黒潮物語』元気な子の会の顧問であり、元高知県須崎市長の梅原一市長 |
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も自分の戦争体験を踏まえ何時もメッセージボトルに思いを託している。 |
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梅原さんのメッセージを読んだ多良間小の西村友紀ちゃんからは梅原さ |
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んに返信のメッセージが届いた。 |
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BC神奈川県藤沢市立八松小の二年生三クラスはこのメッセージボトルへ |
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参加してくれて、今でも多良間小の子供たちと交流している、中にはお父 |
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さんと一緒に多良間島を訪問し松永融(まつなが・とおる)君は素晴らしい交 |
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流をしたと聞いている。多良間の美しい海と人の心に触れたこの旅は永遠 |
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に忘れられない思い出になることでしょう。多良間小の松田ゆうと君とは |
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一生の友達になる事と思います。D多くの児童が参加した八松小学校二年 |
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の先生達から多良間小の先生達へのお手紙が届いています。 |
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こうして、こども達同士、学校、地域がつながり交流していく中でなにか |
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心に残り、何時か形に成っていくのだと思います。 |
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